↑10番目に月面に降り立った人類、チャールズ・デュークは月面に家族の写真を置いてきました。袋に入れられ、本当にただ「置いてきた」ようですが、大気のほぼ無い月面では未来永劫劣化することなく、この写真が残され続けるのでしょうか。
シアトルにある世界最大規模の航空博物館「Museum of Flight」レポ第三回目。
今回はアポロ時代の様々な展示にフォーカスします。
その1:【博物館】シアトルにある世界最大級の博物館『Museum of Flight』訪問レポ:現代航空機編
その2:『シアトル航空博物館』訪問レポその2:宇宙コーナーも超充! プロトタイプスペースシャトルやX-20も
月面に永久に残された写真とそこから戻った星条旗
こちらは初期の宇宙開発の途上で殉職したアメリカとソ連、14名の宇宙飛行士の名を刻んだプレート。アポロ15号のデイビッド・スコットらによって月面に差し込まれました。
冷戦の最中でも、宇宙飛行士同士は特別な結束があったのです。
プレートの下にあるのは、彼ら宇宙飛行士を模した小さな人形。
月面には人形が置いてあるのだ。
アメリカ人にとって星条旗は特別なもの。
色々な博物館で、様々な時代の様々な星条旗が大切に保存されていますが、この星条旗は特に重要なものです。
アポロ12号によって1969年に月面にもたらされ、地球に帰還した星条旗です。
今でも鮮やかにしっかりと保存されています。
良くオカルトネタで「星条旗がなびいている」から月面到達は偽装だと言われる代物です。
当時の新聞の1面。
珍しくカラーで大々的に月面着陸を伝えています。
記事もそここに、非常にデカデカと着陸船の写真。
当時の人の興奮具合が伝わってきます。
アポロ計画の宇宙服は今でも人気です。
LM(着陸船)のプロトタイプ模型も沢山展示してありました。
こちらはグラマンのLMプラン。かなり曲線が多く、ソ連の雰囲気を漂わせています。
アポロ宇宙船を月に運んだ「サターンV」ロケット。
実物はこの地球上に2箇所、ヒューストンとケープカナベラルにしか残っていないので、この博物館では図面や写真などでその過程を紹介しています。
サターンVの参考記事:【博物館】ジョンソンスペースセンターを見学してきました(サターンV、ロボノートR2)|ギャラ通|ギャラクシー通信(BBM)
1966年、アメリカとしては初の月面に到達した宇宙船「ルナ・オービター1」は、200枚近くの写真を撮影しアポロ計画に多大な貢献をしました。
マーキュリー宇宙船。
故ジョン・グレンが初の弾道飛行を行ったのも、このマーキュリーです。
参照記事:偉大な「スペース・カウボーイ」ー ジョン・グレンをNASAの画像で振り返る|ギャラ通|ギャラクシー通信(BBM)
ルナ・オービターによってもたらされた大量の写真。
月面の様子は、事前に膨大な資料を用いて徹底的に分析されていました。
JFKことケネディ大統領がブリーフィングを受けている様子。
ケネディ大統領なくして、このアポロ計画はありえませんでした。
1962年、とても若いです。
アポロ計画の為の計画、ジェミニ計画。
この博物館でも関連の遺物がひっそりと展示されています。
実際に大気圏に再突入したカプセルの実物も、勿論展示されています。
この他、宇宙エリアの近辺にはシアターもあり、常時何らかの映像が上映されています。
もちろんガラガラなので、休憩がてらに立ち寄ってみるのもいいでしょう。
宇宙ステーション「OLYMPUS」
もちろんロシア系の展示も豊富
ソユーズのカプセルとそのアセット多数も展示。
如何でしたか?アメリカの宇宙開発関連の博物館はテキサスや東海岸に集中しがちですが、ノースウエストつまりワシントン州やオレゴン州でも非常に豊富な展示量があります。
ボーイングも儲かっている様子なので、今後さらに展示も増えるかもしれません!
さて、次はお待ちかね、この博物館の真骨頂「第2次世界大戦」の飛行機紹介です。
おそらくこの博物館で最大の収蔵数を誇るジャンルなので、何回かに分けてお伝えします。
【博物館】『Museum of Flight』訪問レポその3:月面に残された写真と人形。宇宙コーナー後編
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